793 峡東/大菩薩嶺

2012年2月18~19日(日)

黎明の富士山 大菩薩峠から望む黎明の富士山

1日目
 塩山駅9時25分のバスで大菩薩峠登山口へ向かう。同乗の登山者が10名ほど。
バスを降りて身支度を整え、まずは上日川峠へと向かう。丸川峠からの登山道が合流する地点で、林道は冬季通行止めであった。そこから10分ほど歩いて林道を離れ、登山道に入る。稜線を辿り、標高を上げていくと程なく雪が現れた。凍っているわけでもなく、量も少ないので、そのまま登りつづける。風当たりも弱いので、快適な登行である。
 間もなく上日川峠かというところで、登山道が崩壊しており迂回した。いったん林道に上がるのだが、見た限りではもうここの部分の登山道復活は厳しいかもしれない感じだ。再び登山道に戻るとようやく上日川峠に着いた。外は寒いので、ロッジ長兵衛に入り昼食にした。なめこ汁がうまかった。
 峠からは、登山道を登っていく。葉を落とした樹林帯を、もう先は見えているのでのんびりと歩く。福ちゃん荘から勝縁荘までの小屋は休業であった。富士見山荘でしばし、富士山の勇姿を眺めるが、その後、大菩薩峠に向かって最後の登りにさしかかると、急に空が暗くなって粉雪が舞ってきた。だがそれも一時で、峠に着く頃は曇り空ながら、展望も効いてきた。
 介山荘は、新しい快適な山小屋であった。廊下から部屋から至る所に石油ストーブが置かれ、冬季の追加暖房費500円は高くないような気分になる。寝室にはすでに布団が敷かれ、隣の部屋の自炊寝具なしの宿泊者にもマットレスが用意されていたようだ。食堂には、グループごとにテーブルが用意され、消灯時刻まで自由に使ってよいとのこと。さっそくお湯を沸かし、コーヒーを淹れて午後のティータイムと洒落こんだ。
 夕食前にちょうど日没時刻だったので、外に出るがひどく寒くてカメラを持つ手が凍傷になりそうだった。だが、暮れていく富士山と、日が沈む南アルプスのシルエットが素晴らしかった。
 夕食は、まず初めにいろいろなおつまみっぽい料理が、グラスワイン(白)とともに振る舞われる。心憎い演出だ。そしてメインはカレーライスなのだが、これもおいしくて、おかわり自由とサービス満点である。さらに持ち寄ったワインとデザートで楽しい夕食を終えた。
 就寝前、再び外に出てみると、空は満天の星。冬の淡い銀河が天頂を横ぎり、地平には甲府盆地やさいたま市方面という街の明かりが輝いて、山で一夜を過ごさなければ見れない絶景に酔いしれた。ただ、ひたすら寒かった。
2日目
 翌朝は上空に雲一つない晴天に明けた。夜明け前から、富士山は勿論、南アルプスや八ヶ岳などの山々が、薄明のなか雪を光らせている。
 やがて東の地平線にかかる雲の上から、朝日が射しはじめる。高嶺の雪が赤く染まる。
 夜明けの景色に見とれていたら、もう朝食の時刻だった。各自一枚の大皿に色々のおかずが載せられていたが、一つ一つを別々のお皿や小鉢に盛ったら旅館並みの朝食だ。心密かにまた来ようと決意するような、素晴らしいもてなしの山小屋であった。
 小屋の前で恒例の記念撮影をした後、大菩薩嶺に向かって歩きはじめる。だが、すっかり明け染めた白銀の山々が織りなす大展望に見とれては、しばしば立ち止まってしまう。変わった形の雲が出た。写真撮影が忙しい。
 もう間もなく雷岩というところで、最後の絶景をまぶたに焼き付けようと、小休止にした。代わる代わるに写真を撮り、素晴らしい晴天と展望に感謝しながら、そして再び歩き出した。
 雷岩を過ぎると、あとは樹林帯の中の展望の効かない登山道になる。何だか「消化試合」のようで急に、士気が下がる。頂上で記念撮影の後、丸川峠への道を辿る。木々の間から時折、甲武信岳方面をはじめとする奥秩父主脈の山々が見える。
 北側に回り込んだせいか、多少雪が深くなるが、歩きにくいほどではない。快調に歩いて丸川峠に到着する。峠には趣きのある山小屋、丸川荘があり、今日は営業していた。富士山が良く見えるが、手前に大きな送電線鉄塔があってものすごく目障りだ。丸川荘はだいぶ損しているのではと同情的になる。
 ここからは、昨日通った林道の車止めまでの長い下山路だ。南向き斜面のせいか、雪はすぐに少なくなるが、時に凍ったところがあり、慎重に降りて行く。途中のひだまりで昼食にして、あとはもう急ぐ必要もない道を足の向くままに下山していく。林道に出て、登山口バス停を通り過ぎ、大菩薩の湯に向かう。ゆっくり温泉に浸り、2日間の山旅を振り返る。そして、湯上がりのビールで今回の素晴らしい山行を締めくくった。(O記)

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